電子書籍マーケットの死

来年の三月、楽天の電子書籍オンライン書店「Raboo」が終了する

2011年の8月にオープンしたばかりの電子書籍ストアが、たった20ヶ月で終了することになった。Koboを手中にした楽天が、どのようにRabooのライブラリとKoboを同期していくつもりであったのか期待していたのだが、蔵書について、何も手当てされないことがアナウンスされた。移行支援として、購入金額の10%+200楽天スーパーポイント(¥200)、またはKoboへ移行するならば購入金額の40%+3,000円のクーポンが手当てされることにはなっているが、端末にダウンロードしきれない「蔵書」は来年の三月で消える。

どんな電子書籍マーケットも必ずどこかで終了する。圧倒的に多くの顧客に支えられているAmazonであっても、私が本を読めなくなる日まで存続している保証はない。Kindleが「終了」する日を想像すると寒気がする。ブラッドベリの描いた世界では政府が紙の本を焼きに行っていたが、思想信条を伝える最新の手段の一つである電子書籍は、販売店の失敗で紙くずすら残さず消えてしまう。

楽天は三木谷社長の性急なマネジメントに乗って、プラットフォームと言っていい規模の電子書籍マーケットを引き継ぐという未踏の領域に、世界中のどこのプレイヤーよりも早く到達した。彼の決断は「電子書籍プラットフォームの資産引き継ぎ」のロールモデルとなる。そう思って期待していたのだが、現状の追認をするだけの結果となった。

  1. 電子書籍は買う店によって寿命が違う。
  2. 電子書籍はテンポラリなものだ。
  3. 電子書籍を売る多くのプレイヤーは、書籍が読者の手元に残るような努力を払わない。

もしも楽天が、RabooからKoboへの移行に際して蔵書リストを引き継ぐ形で終了していれば、違った筈だ。単純にビジネスの側面だけ見ても、顧客を求めて他の電子書籍マーケットを買収することだって可能になる。多すぎる日本の電子書籍マーケットの半分はどうせ数年の中に消えてしまうのだ。数十万人がそのマーケットの終了に接することになり、電子書籍への認識を固めていくだろう。

私はGene Mapperの販売に際して、マーケット越しに販売される電子書籍が本質的にもつ欠点を排除したかった。DRMをかけないこともそうだが、マーケットで購入した方にも(購入確認すら取っていないのだが)直販で購入した方々と同じように、DRMのかかっていないファイルをダウンロードできるようにした。

カスタマーサービスではなく、電子書籍の価値を貶めたくなかったから、そして、電子書籍を初めて購入する方々へ、どうなっていれば購入した書籍が手許に残せるかを示しておきたかったからだ。

今回のRabooの終わり方は、数万人──もっと多いかな──の失望を生むことになるが、仕方がない。電子書籍は大きくて、簡単に終わらせそうもないところで買うのが一番いいという現状が強く再認識されたということだ。

追記(2012年9月27日)

私は、楽天が営利事業を邁進することに何ら反対するものではない。楽天が電子書籍事業を慈善や文化の為に行う必要はないと考えている。

今回楽天がKoboとRabooを持ち、片方を閉鎖するという事態は、電子書籍事業を営む企業にとって千載一遇のチャンスであったはずだ。商業印刷物に付いて回るISBNを元に蔵書リストを引っ越すオペレーション(版元との交渉もあるだろうが、それこそ「文化」を全面に押し立てて臨めばいい。再販制度を「文化」のために護っていると言っている企業群なのだから)を実行できれば、楽天は電子書籍プラットフォームをマージできる、恐らく世界初の企業としてリーディングプレイヤーに躍り出ることが可能になる。

プラットフォームの統合は電子書籍ビジネスのマネジメントを継続可能なものにする大きなマイルストーンだ。

繰り返しになるが、どうせ国内の電書マーケットは半分が死ぬ。今の電書マーケットは同業者へ高い価値で売れない。ユーザーの名簿が移動するだけで、移動したユーザーが再度購入を始めることが期待できないからだ。それぞれ数万人を抱えているユーザーを気持ちよく抱き込むことができれば、赤字を垂れ流している電書マーケットの運営母体へ新たなexitも示すことができるじゃないか。

楽天へは、電書マーケットのユーザー資産統合という(今なら)オンリーワンの飛び道具を持つことを、強く提案する。