液晶を埋め込んだコンタクトレンズ

 部屋に差し込む光の筋が小波さざなみのように揺れる。シーリングファンの風はブラインドを揺らして目を楽しませてくれるが、空気の流れは感じられない。高い天井に大きな窓、空間を贅沢に使った居心地のいいカンファレンス・ルームは、目の前で頭を下げている黒川さんも含めて、全てがコンタクトレンズに描き出された拡張現実だ。

「昨夜のメッセージは申し訳ありませんでした。起こしてしまいませんでしたか?」

 予告された会議はテーブルの向こうで黒川さんが両手を天板についたところから始まった。押し付けられた指が抵抗でかすかに歪んでいる。黒川さん、今日も気付きにくいところでっているな。私の机に合わせた台でも用意しているのか、それとも徹夜明けの疲れをアバターでおおかくしているのだろうか。

Gene Mapperでは、第一章の冒頭でコンタクトレンズへ投影される拡張現実が描かれる。このコラムでも「コンタクトレンズへの映像投影」というエントリーで、コンタクトレンズへ眼鏡から映像を投影し、実際の視界と映像を重ね合わせる技術を紹介したことがあるが、Tech Loungeの「Google Glassはもう古い?AR技術を搭載したコンタクトレンズが登場」で紹介されていたImec社リリースで発表された「拡張現実レンズ」は、Gene Mapperで描いた世界へまた一歩近づく技術だ。

コンタクトレンズへの映像投影というアイディア自体はそれほど突飛なものではなく、Innovega社の「iOptik」のように外部から投影する方法や、LEDを埋め込む手段などが検討されている。

このようなガジェットの未来を考えるのは楽しい。デバイスの動作に必要な電力をどのように供給するのか、データの転送はどのように行うのか、現実の像を「マスク」できる投影方式は……そして角膜や網膜などへダイレクトに像を送り込む方式はどうなるだろう。光を投影するだけでは、暗くマスクすることができないので、今回のimec社が提案しているような液晶と同時に用いなければない。あるときは不透明で電荷をかけると透明になったり発光したりするような素子というものがあれば最適なのだけど、手元の材料では探せそうもない。

データの転送について、既存の多くの研究は上のビデオ(6:32あたり、微かにLEDが光ります)のように、レンズに埋め込んだアンテナでデバイスを起動し、通信まで行う方式が有力視されているようだが、Gene MapperではHMC(人体通信)で身体に装着した各種のデバイスから映像が送り込まれてくる、ということにしている。マスクと発光は(それこそ小説に書いてはいないけれど)液晶と有機ELだろうか。

Gene Mapperの発表から半年が経ったのだが、現実世界の技術革新は予想よりも早いことを実感している。Imec社の液晶はまだ「液晶が湾曲したグラスに貼り付けられました」以上のものではないが、拡張現実の視覚投影に重要なマスキングを実施するのにどうしても必要な技術がこの段階で登場したのは驚きだ。

このままの速度で革新が続けば「メガネ」を飛ばして、拡張現実が一般化するかもしれない。

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