現実化する世界

iPhoneとのレース

Written 9月 19th, 2012

 けたたましいアラームとバイブレーションが熱帯夜の浅い眠りを破った。うつ伏せのまま左手を伸ばして枕元の携帯電話を取り上げ、手探てさぐりでスクリーンロックを解除してアラームを止める。毎朝繰り返している動作だが、聞き慣れた音ではなかったような気がした。

 首をめぐらせて薄目をあけ、左手の中の携帯電話を見る。画面上部のステータスバーが示す時間は午前四時。睡眠を破ったのは目覚ましではなく「緊急」のメッセージだ。昨年末のアップデートで重要度を判断する精度が上がったことになってはいるが、鵜呑うのみにしてせっかくの睡眠を捨てるのはもったいない。とはいえ、無視してしまえば不安で眠れなくなるだろう。

 仕方がない。

「メッセージ、緊急の新着メッセージを読み上げて」

 二十一世紀も半ば近く、声紋認識やオーナーの状況を推測するAI人工知能が強化されていても、音声で操作するのは独り身の特権だ。


Gene Mapperの冒頭のこの部分は小説の書き出し方など皆目検討がつかなかった頃にあの名作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のオマージュとして書き出した部分だが、幾度も現実に追い越されたパートだ。

私がGene Mapperの初めての文章を書いたのは2011年の11月だった。その時点では、iOSのSiriは日本語に対応していなかったので、安易に「日本語に対応され始めた」ような設定で描いてしまっていた。

まさか、日本語をそれなりに解釈するエージェントの種が2012年の3月に撒かれるなんてことは想像していなかったのだ。甘かった。4月からGene Mapperの第二稿に入ったのだが、コンピューターとのコミュニケーションは全て書き直し、いくつかの具体的な記述は削除することにした。

具体的に書いてしまうと確実に追い越されそうな気がしたためだ。

そして、5月。iOS 6が発表されたときに驚いたのが「おやすみモード」だった。とても小さな改良ではあるが、この書き出しを無意味にしてしまうほど、生活を変えてしまう。慌てて、AIによる判断という飛び道具を差し挟むことになってしまった。

Apple製品に限らないが、極めて優れた小さな発明がエクスペリエンスを大きく変えていく。Gene Mapperで描いた「携帯電話」に関する記述は数年後に(おそらくはAppleの手に依って)ほとんどが実現しているだろう。

未来を生み出す技術は今も毎日開発され続けている。

設計人類

Written 8月 16th, 2012

 ディスプレイの幅をほどに広げてから、解凍されたコードをオートジェネックス社のジーン・アナリティクスで開こうとすると、初めて見るアラートが表示された。部分的に日本語化されていない。滅多めったに出ないアラートなのだろう。

Gene Analyticsジーン・アナリティクスはcouldn’t detect読み込んだファイルのthe kingdom「界」を  of your opening code.判定できません

Code groups昆虫とincluding both植物のinsects and両方のplants are found.コードが見つかりました

手動でテンプレートを選んでください。

 「血液型占いから生物兵器まで」が売り文句のジーン・アナリティクスが「界」直下の大グループ、「ビコント」と「ユニコント」を混同することは考えにくい。メコン農場の連中が、発生したとかいうバッタの組織を混ぜてしまったんだろう。DNAのダイレクトシーケンスが可能になって二十年が経過したが、試料の扱いが基本なのは変わらない。まったく、雑な連中だ。

GENE MAPPER一章より

遺伝子工学によって多くの農作物が「蒸留作物じょうりゅうさくもつ」と呼ばれる人工的な植物に置き換えられている世界を描いた「Gene Mapper」だが、遺伝子工学によって生み出された人類は登場しない。舞台は2037年、まだまだ登場しないだろう……と考えていたのだ。

甘かった。

既に一ダースを超える遺伝子組み換え人類が生まれていたというニュースが、Gene Mapperの発売直前に飛び込んできていたのだ。発売直前だったが、慌てて設計人類を完全に否定するいくつかの文言を修正した。

Dozens of Genetically Modified Babies Already Born – How Will They Alter Human Species?

しかも、このレポートでも驚いているが、実験が行われたのは2001年のこのレポートによるものだ。ゲノムDNAではなくミトコンドリアDNAを修正することによって15人の健康な赤ん坊が生まれた、とある。ゲノムDNAでないとはいえ、遺伝する情報が人為的に書き換えられた人間が、もうすぐ中学生になろうかということだ。

彼ら、彼女らは(恐らく)自分がそのように生まれたことを知らされていないだろうし、親以外の周囲にも伝えられることはなかっただろう。だが、より深刻な遺伝病を回避するための治療が行われたとき、GM人間(鳥肌が立つ言いかただが……)であるという意識を持って生きる人が必ず登場するはずだ。治療を超えた何かが行われることもあるだろう。

2037年、明確な意図を持って生み出された人間はどこかに居る。そんな世界で人がどう生きていくのか、次は描いてみたい。

バーチャルライト

Written 8月 1st, 2012

下は「Gene Mapper」第一章の一説だ。

 丸々とした顔に適度なアクセントを加える黒縁のメガネに、顔と同じく丸みのある体を包む濃紺のうこんのサマースーツ。少し広がったVゾーンを目のあら臙脂えんじ色のニットタイが引きめる。こんな時代がかったスーツの着こなしと作り物のようにでつけられた髪型ならリュージョンテックのアバター「サラリーマン」シリーズでもいいのではないかと思うのだが、なぜか彼は実写、それもバーチャルライト対応のマルチパス映像にこだわる。衣装を着込まなければならないのと、陰影いんえいを削除する専用ライトの設置が面倒で、普通のビジネスカンファレンスで使われることは少ない。今日の黒川さんのように徹夜明けだと顔色まで再現されてしまい、疲れが見えてもおかしくないのだが、憎らしいほど元気そうだ。

ゴシックにした部分「バーチャルライト対応の……」という下りだが、3DCGを専門にやっている人でも余り馴染みのない表現だったかもしれない。本当はしっかりと本文で説明したかったのだが、導入部分のスピード感を大事にして、大幅に説明の文章をカットしている。要するに、私の筆力がまだ至っていないということだ。

「陰影を削除する」「専用のライト」は、既に現実に存在し、映画ではコンピューターで作成した背景と実際の役者の演技を合成するために多用されている。大きなファンが回っている前に役者が立っているシーンでファンの向こう側から光の筋が差し込んでいるステレオタイプな情景は、何十回か見たことがあるだろう。現実にセットを組んで撮影していれば役者のライティングと背景をのライティングに齟齬はないが、背景がコンピューターで作成された映像の場合、役者にファンから伸びる光が出るライトを作って、後から合成しなければならない。そして、背景を変更したらもう一度撮影……できるわけがないのだ。

それを解消するのがドームライトステージによる撮影だ。下の映像をざらっと見ると意味はわかるだろう。

ドーム上に配置された無数のLED、これが目にも留まらぬ速度である規則性を持って点滅している。その「フラッシュアレイ」に満たされた状態を、シャッターの開閉を完全に同期させた高速カメラで撮影すると、0フレーム目には正面から照明された映像、1フレーム目には右からの映像、2フレーム目には左から……という風に、全方位から照明されたときの映像が記録される。

このデータを元に、記録された画素ごとに面の向きを計算し(一番明るく記録されているときのフレームがわかれば、そのとき照明していた角度はわかるのだ)、法線マップを作る。同時に陰影のない「本来の色」も記録できる。そして、反射する部分(照明する角度によって極度に明るくなる部分だ)もわかる。LEDの色を変更すれば反射する色もわかる。

こうやって、全方位から照明された映像を、色、面の向き、反射率のレイヤーに合成する。そうやって作られた映像を3Dのシーン内にはめ込むと、簡単に写実的な合成が完了する。計算コストはそこにある他のオブジェクトと全く同一になるし、実際の映像を用いることができるので瞬き一つ、髪の毛の一筋まで完全に合成することができる。

黒川さんは、そんな映像を会議のときに送り出してきている、ということなのだ。

3D会議というものが実施されることになれば、ポリゴンメッシュのアバターを先方に送りつけてレンダリングさせる方法と、このような低計算コストで高品質(そのかわり送り出す方にコストがかかる)なものの両方が使われていくのではないだろうか。

そのときに「現実と見まごうばかりの」映像を作り出す技術は、既に私たちの手の内にある。

アーティフィシャル・ライフ

Written 7月 29th, 2012

Gene Mapperジーン・マッパー」には人工的な生命アーティフィシャル・ライフが、あらすじに登場する蒸留作物以外にもいくつか登場する。そんなアーティフィシャル・ライフを用いた実験がGizmodeで紹介されているのをご覧になった人も多いかもしれない。

恐ろしく洗練されたOxtic社のウェブサイトでは、この実験に用いられた黄熱病対策以外にも、デング熱とチクングニアを媒介できない蚊をProductとして紹介している。それぞれのページで語られる「製品」の説明はあたかもコンピューター・ソフトウェアか工業製品のようだ。

アーテフィシャル・ライフ「製品」は自己を複製できることにおいて、工業製品とは全く異なる意味を持つ。特にOxtic社の提案する対策は、病気を媒介できない蚊が自然の環境で複製数を増やしていかなければ意味はない。恐らく、特定の病気を媒介できない程度の修正は安全だ。ウイルスを進化を促す以上の影響はないだろう。

だが、これから登場するアーティフィシャル・ライフの全てが安全である保障にはならない。きっと一つか二つはアウトブレイクしてしまうだろうが、それをとどめる手段は「GMO生物」を使わないことだろうか?

それに、アーティフィシャル・ライフはDNAをもつ生物とも限らない。ほんの少しだが「Gene Mapper」では、アーティフィシャル・ライフの暴走を描いている。いつかそちらをテーマに据えた作品も書いてみたい。

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